目次
高齢化が進んでいることなどから自宅や施設で歯科診療をおこなう訪問歯科のニーズが高まっています。今回は、訪問歯科と嚥下(えんげ)*専門の診療をおこなう歯科医師の一日に密着しました。
密着した人
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歯科医師 小原万奈さん
歯科医師歴8年目。東京医科歯科大学歯学部を卒業後、同大学附属病院の高齢者歯科学分野に勤務。2017年から複数のクリニックにて非常勤職員として働き、訪問診療を担当。職域を超えて医療に貢献したいと考え、日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、日本老年歯科医学会の認定医を取得。歯科以外にも嚥下の診療やリハビリテーションをおこなう。
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【8:50】出勤・1件目の訪問
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外来と訪問歯科を営むクリニック東林間歯科で、非常勤の歯科医師として週に1回勤務している小原さん。クリニックには寄らず、駅で歯科助手と待ち合わせをします。
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車に乗り込むとその日の訪問予定を確認します。スケジュールは事前に共有されていますが、新規患者の予約や急なキャンセルが入ることも多いと言います。
歯科助手が運転する軽自動車で訪問します。訪問車には口腔ケアに必要な器材を積んでおり、虫歯の治療などが必要な際にはポータブル式診療ユニット*を持っていくこともあります。
訪問歯科の主な持ち物
- ライト
- 歯ブラシやフロス、歯間ブラシ
- スポンジブラシ
- 紙コップ
- 紙エプロン
- グローブ
- フェイスシールド
- ゴミ袋
- 切削バー
- レジンなど治療に使う歯科材料
- 印象採取用のトレー、印象材
- 医薬品 など
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この日最初の訪問は90代の男性患者です。前回の訪問時と口腔内に変わりはないか確認し、口腔清掃をおこないます。
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小原さん:訪問診療を受ける患者さんのほとんどは高齢者のため、診療内容は口腔ケアや義歯(入れ歯)の製作と調整がメインになります。
訪問は歯科医師と歯科衛生士、歯科助手の3名で行くこともあるそうですが、この日は歯科助手と2名での訪問でした。歯科助手は運転のほか、患者さんの予約調整や診療中に口腔内をペンライトで照らす、器材がすぐ使えるように準備する、片付けなどをおこないます。
とくに訪問の場合、患者さんの急な入院や施設への入所などの連絡がご家族やケアマネジャーから入ることも多く、臨機応変に対応する点が一般歯科診療所との大きな違いです。
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訪問の合間に車中でカルテを記入します。
【10:00】2件目の訪問
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2件目は一人暮らしをしている男性患者です。過去に脳梗塞になったことから片マヒがあり、5年ほど義歯を使用しています。
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この日は義歯をつける際に違和感と痛みを感じるとの訴えがあったため、電気エンジンと呼ばれる機器を使って義歯の調整をおこないます。
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【11:00】3件目の訪問
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3件目の患者さんには口腔清掃と義歯の調整をします。同居家族にも痛がっている様子はないかなどの確認を欠かしません。
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最近のニュースなど積極的に世間話をする患者さんに対し、聞き取りやすいよう大きな声ではっきりとコミュニケーションを取ります。
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小原さん:訪問歯科を利用するのは、病気や障がいなどによって外来に来られない人です。身体の状態から気分が落ち込んでいることも少なくありません。そういう患者さんには鬱々とした気分を吹き飛ばすくらい元気に「こんにちは!」と言って家に入ったり、逆にそういう対応が苦手な患者さんには穏やかに話しかけたりと、ベストな接し方を模索しています。
【12:00】昼休憩
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昼は歯科助手と一緒に街道沿いの飲食店へ。普段は訪問の合間にコンビニで買ってきたものを車中で食べることもあります。
小原さん:状態が変わりやすい高齢患者さんがほとんどなので、急な入院やケガなどもあり予定どおりに処置ができないこともあります。訪問の合間に新患が入ることも多いですが、フレキシブルに対応しています。
【13:00】午後の訪問開始
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午後最初となる5件目の診療は一人暮らしの男性患者です。体調が良いと買い物や散歩に出かけられるそうですが、最近は酸素供給装置をつけ寝ていることがほとんどだといいます。
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口腔内のチェックと清掃、義歯調整をおこないました。この日は患者さんの調子が良くなさそうだったため、負担にならないよう手短に処置をして家を後にします。
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その後、患者宅2件と病院での診療に行きました。訪問歯科は自宅以外にも、高齢者施設や病院に出向いての診療もあります。
病院では、3人の患者さんを診療。1人は入院歴が長く経鼻栄養治療をおこなっています。乾燥した痰が口腔内にたくさん付着しているため、30分ほどかけて処置することもあるといいます。あとの2人は義歯の調整をおこないました。
小原さん:義歯の製作や調整は、病院からも依頼されます。義歯をつくったら終わりではなく、その後も清潔に保ち紛失しないよう管理する必要があります。誰がどのように管理するのかは病院や施設の職員ときちんと共有していて、この点は外来診療との大きな違いといえますね。
【17:30】クリニックへ
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診療が終わるとクリニックに戻ります。カルテの記入や内容を確認し、診療時に出たゴミの処理や物品補充などをします。
【18:30】退勤
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着替えをしたら業務終了です! お疲れさまでした!
生活を支えに行く延長に治療がある
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現在、歯科診療所と一般診療所での仕事を複数掛け持ちしている小原さん。歯科・医科ともに訪問診療のみをおこなっているといいます。なぜ訪問を選んだのか、外来との違いを聞いてみました。
小原さん:大学の医局で働いたとき、問題がある箇所を治療することはできても「自宅では自分でケアできているのか」「どんな困りごとを抱えているのか」が見えないことに課題を感じていました。訪問であればその人の暮らし向きやご家族がどのくらい介入しているかなど、生活背景がわかると思い訪問診療を選びました。
歯科診療所における治療とは異なり、訪問では治療のための十分な器材やスペースが確保できないこともあります。しかし、そうしたことは問題でないと話します。
小原さん:外来と訪問では何もかもが違います。一見不便さがあるかもしれませんが、とくに問題に感じたことはありません。訪問を始めて感じたのは設備面よりも「会話の量」の違いでした。
歯科診療所には、自分の足で来られる比較的元気な人が来ます。なので歯科医師側も治療に全振りできます。一方、訪問では体調や行動範囲の変化、ご家族の困りごとなどを会話を通して聞くことに重きを置いています。これが治療内容を決めるうえでも重要なんです。
最後に、訪問歯科で心がけていることを聞いてみました。
小原さん:訪問では一人の患者さんと長期的に関わることも多いです。ご本人もご家族の状況も変化するなかで、いまこの人たちにとってどのようなアプローチが適切かはいつも考えています。
私は歯医者の治療に行くというより、患者さんとご家族の生活を支えに行く気持ちで訪問しています。その延長で歯の治療もやっていますという感覚なんです。
なので、患者さんやご家族に行動してもらうためにも、伝え方や話す内容はその人の性格や状況に応じて工夫しています。歯科医師が「ここの部位が悪いです」と伝えても患者さん側からすれば「で、どうすれば?」となってしまいますよね。そうではなく「噛み切れないと思うので、タンパク質はゆで卵と豆腐を食べましょう、お肉はひき肉で」など具体的に伝えたほうがわかりやすいですし、日々の暮らしで何をどうすればいいのか理解してもらえるので。
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